- 2026年7月4日
トラベルワクチン 狂犬病編 トラベルクリニックの医師が解説!
——短期・長期渡航者が知っておきたい「曝露前接種」と現地での注意点
海外旅行の準備の一つとして意外と見落とされがちなのが、狂犬病ワクチンです。狂犬病は発症するとほぼ100%が死亡する重篤な感染症であり、いったん発症してしまうと有効な治療法がありません。しかし、渡航前にワクチンを接種しておく「曝露前接種」と、万が一動物に咬まれた際の適切な対応によって、発症を95%以上防ぐことができます。この記事では、狂犬病の基礎知識から、ワクチンの対象者、接種回数とスケジュール、効果の持続期間、そして現地で動物に咬まれた場合の対応までをまとめました。
狂犬病とはどんな病気か
狂犬病は、狂犬病ウイルスに感染した動物に咬まれたり、引っかかれたり、傷口や粘膜をなめられたりすることで感染します。感染源となる動物はイヌが中心ですが、ネコ、コウモリ、キツネ、アライグマなど、あらゆる哺乳類が感染源になり得ます。
ウイルスは咬傷部位から神経に沿ってゆっくりと脳へ向かって進んでいくため、潜伏期間は通常20〜90日程度と比較的長いとされています。この潜伏期間のうちにワクチン接種などの対応を行うことで発症の可能性を下げることが可能ですが、いったん脳に達し症状が現れてしまうと、有効な治療法はなく、ほぼ100%の確率で死亡します。
日本国内では1957年以降、動物由来の感染例は報告されておらず、日本は数少ない「狂犬病清浄国」の一つです。しかし世界的にはアジアとアフリカを中心に、狂犬病によって年間およそ5万5千人が死亡していると推計されており、その多くがアジア地域で発生しています。日本人が海外で感染し、帰国後に発症して死亡した例も過去に報告されています。
ワクチンが必要とされる人(曝露前接種の対象者)
狂犬病の発生が報告されている国・地域へ渡航するすべての人が一律に接種すべきというわけではありませんが、以下のような人には曝露前接種が推奨されます。
- 狂犬病の発生地域(アジア、アフリカ、中南米など)に長期間滞在する人
- 動物(野犬、野生動物、放し飼いのペットなど)と接触する機会が多い人
- 医療機関へのアクセスが悪い、奥地・秘境・農村部などへ渡航する人
- 獣医師、動物研究者、洞窟探検(コウモリとの接触)など、職業上・活動上のリスクが高い人
- 小さな子ども(動物に近づきやすく、咬まれても申告しないことがあるため)を帯同する渡航者
都市部のホテルに短期間滞在するだけで、動物との接触がほぼ想定されない旅行であれば、必要性は相対的に下がります。ただし、狂犬病は発症すればほぼ確実に死亡する病気であるため、少しでも動物との接触が想定される渡航では、トラベルクリニックへの相談を通じて検討することが望まれます。
接種回数とスケジュール
曝露前接種は、渡航前に2〜3回のワクチン接種を行うのが基本です。従来は0日・7日・21〜28日の3回接種が標準とされてきましたが、近年は0日・7日の2回接種でも約3年間の免疫が獲得できるとする見解も国際的に広がりつつあります。ただし、日本国内での接種スケジュールは用法・用量に基づいて医療機関が判断するため、実際の接種回数や間隔については、必ず受診先の医師の指示に従ってください。
代表的な接種スケジュールの目安は次のとおりです。
| 接種 | 曝露前接種(未咬傷) | 曝露後接種:接種歴なし | 曝露後接種:接種歴あり |
| 回数の目安 | 3回 | 3から4回(基準によって異なる) | 2回 |
| スケジュール | 0日、7日、21〜28日 (0・7日の2回法もあり) | 0・3・7・14から28日 | 0日、3日後 |
| 免疫グロブリン | 不要 | 必要 (日本国内では入手不可) | 不要 |
※ 日本国内では狂犬病免疫グロブリン(HRIG)が市販されていないため、曝露前接種を済ませておくことで、万が一咬まれた際の対応が大幅に簡略化されるという利点があります。
海外渡航に向けたワクチン接種全般に言えることですが、複数の種類のワクチンを同時に接種する渡航者も多く、種類によっては間隔を空ける必要があります。そのため、出発の1〜2か月以上前を目安に、早めにトラベルクリニックへ相談することが勧められます。渡航までに全ての接種を完了できない場合でも、2回目までを済ませておき、3回目を帰国後に受けるという対応が取られることもあります。
効果の持続期間
曝露前接種を適切に完了すると、95%以上の高い確率で発症を防ぐ効果が得られるとされています。免疫の持続期間についてはワクチンの種類や接種スケジュールによって幅がありますが、おおむね2−3年単位で維持されるとされ、狂犬病リスクの高い地域に繰り返し渡航する人や、動物との接触が続く職業に従事する人は、追加接種について医師に相談するとよいでしょう。
重要なのは、曝露前接種を受けていても、それだけで「もう安心」というわけではない点です。動物に咬まれた場合には、曝露前接種の有無にかかわらず、追加の対応が必要になります。
現地で動物に咬まれてしまった場合の対応
万が一、現地で動物に咬まれたり引っかかれたりした場合は、次の手順で対応することが推奨されます。
- すぐに傷口を石鹸と大量の流水で十分に洗い流す(ウイルスを物理的に洗い流すことが重要)
- できるだけ早く、現地の医療機関を受診する
- 曝露前接種を受けていない場合は、狂犬病ワクチンに加えて、可能であれば狂犬病免疫グロブリンの投与を受ける
- 曝露前接種を済ませている場合でも、0日・3日後の2回の追加接種が必要になる
- 帰国後は検疫所や医療機関に渡航先・受傷状況を伝え、必要な接種を継続する
曝露前接種を受けていた場合、咬まれた後の追加接種は2回で済み、免疫グロブリンも不要になることが多いとされています。一方、接種を受けていない場合は、免疫グロブリンの投与に加えて3−4回の接種が必要となり、免疫グロブリンは日本国内では流通していないため、現地での入手可否が対応を左右します。曝露前接種は、万が一の際の負担を大きく軽減する備えといえます。
現地渡航中に気をつけたいこと
- 野犬や野生動物、放し飼いの動物にはむやみに近づいたり触れたりしない
- 動物に食べ物を与えたり、寝ている動物を驚かせたりしない
- 子どもが動物と接触した場合は、傷の有無を必ず確認する(小さな咬み傷や引っかき傷を子どもが申告しないこともある)
- 洞窟探検などコウモリと接触する可能性がある活動を行う場合は、事前に曝露前接種を検討する
- 咬まれた・引っかかれた・なめられたなどの接触があった場合は、症状がなくても速やかに医療機関を受診する
まとめ
狂犬病は、発症すればほぼ確実に死亡する一方で、曝露前接種と適切な曝露後対応によって発症をほぼ防ぐことができる感染症です。動物との接触が想定される渡航や、医療機関へのアクセスが限られる地域への渡航では、出発前の曝露前接種を検討する価値があります。また、接種の有無にかかわらず、現地で動物に咬まれた場合は、傷口の洗浄と速やかな医療機関受診が発症予防の鍵となります。渡航先や滞在内容に応じた接種の要否については、出発前にトラベルクリニックなど専門の医療機関に相談することをお勧めします。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の医学的判断に代わるものではありません。ワクチン接種の要否や接種スケジュール、曝露後の対応については、必ずトラベルクリニックなど専門の医療機関にご相談ください。
狂犬病・狂犬病ワクチンについてよくあるQ&Aを10個まとめました。
Q1. 狂犬病はどんな病気ですか?
A. 狂犬病ウイルスに感染した動物に咬まれたり、引っかかれたり、傷口や粘膜をなめられたりすることで感染する病気です。発症すると有効な治療法がなく、ほぼ100%の確率で死亡します。ただし、発症前であれば、ワクチン接種によってほぼ確実に予防することができます。
Q2. 日本にいる限り、狂犬病の心配はありませんか?
A. 日本国内では1957年以降、動物由来の感染例は報告されておらず、数少ない「狂犬病清浄国」の一つです。ただし、これは海外への渡航時にリスクがなくなるという意味ではありません。世界的にはアジア・アフリカを中心に、年間5万人以上が狂犬病で死亡していると推計されています。
Q3. どんな動物に注意すればよいですか?
A. イヌが主な感染源ですが、ネコ、コウモリ、キツネ、アライグマなど、あらゆる哺乳類が感染源になり得ます。特に東南アジアや南アジアでは、街中の野犬や放し飼いの動物との接触に注意が必要です。
Q4. ワクチンは誰に必要ですか? 短期旅行でも受けたほうがいいですか?
A. 動物の発生地域への長期滞在者、動物と接触する機会が多い人、医療機関へのアクセスが悪い地域への渡航者には特に推奨されます。都市部への短期滞在で動物との接触がほとんど想定されない場合は必要性は下がりますが、渡航内容によって判断が変わるため、心配な場合はトラベルクリニックにご相談いただくのがよいでしょう。
Q5. 渡航前のワクチンは何回、どんなスケジュールで打ちますか?
A. 曝露前接種は、0日・7日・21〜28日の3回接種が基本とされてきましたが、近年は0日・7日の2回接種でも一定期間の免疫が得られるという見解も国際的に広がっています。実際のスケジュールは受診する医療機関の判断によりますので、余裕を持って(出発の1〜2か月以上前を目安に)ご相談いただくことをお勧めします。
Q6. ワクチンを打っておけば、咬まれても何もしなくて大丈夫ですか?
A. いいえ、曝露前接種を受けていても、動物に咬まれた場合は追加の対応が必要です。曝露前接種済みであれば、0日・3日後の2回の追加接種で済み、免疫グロブリンも不要になることが多いとされています。一方、未接種の場合は、免疫グロブリンの投与に加えて5回の接種が必要となります。
Q7. ワクチンの効果はどのくらい続きますか?
A. ワクチンの種類や接種スケジュールによって幅がありますが、曝露前接種を適切に完了すると95%以上の高い防御効果が得られるとされ、免疫はおおむね2-3年単位で維持されるといわれています。リスクの高い地域に繰り返し渡航する方は、抗体価の確認や追加接種の要否について医師にご相談いただくとよいでしょう。
Q8. 現地で動物に咬まれてしまったら、まず何をすればいいですか?
A. すぐに傷口を石鹸と大量の流水で十分に洗い流してください。ウイルスを物理的に洗い流すことが重要です。消毒液があれば消毒し、できるだけ早く現地の医療機関を受診してください。「様子を見る」という対応は避けるべきです。
Q9. 狂犬病免疫グロブリンとは何ですか? 日本で打てますか?
A. 咬傷部位に直接投与することで即効的に抗体を補う製剤で、曝露前接種を受けていない場合の曝露後対応で重要な役割を果たします。残念ながら日本国内では流通しておらず、入手できません。この点からも、リスクのある渡航では曝露前接種を済ませておく意義が大きいといえます。
Q10. 動物に咬まれず「なめられた」だけでも受診が必要ですか?
A. 傷口や粘膜(目、口など)を動物になめられた場合も、ウイルスが侵入する可能性があるため注意が必要です。症状がなくても、そうした接触があった場合は速やかに医療機関を受診し、対応を相談することが推奨されます。傷口がない正常の皮膚を舐められただけであれば、当該箇所の洗浄のみで問題ありません。

執筆者情報
大谷 真理子(おおたに まりこ)
医療法人社団南州会 東京品川フロントクリニック院長 / 医学博士
【保有資格】
医学博士
日本内科学会認定内科医
日本呼吸器学会 呼吸器専門医
日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医
井上 哲兵(いのうえ てっぺい)医師
医療法人社団南州会 フロントクリニックグループ 理事長 / 医学博士
2019年4月に医療法人社団南州会 理事長に就任。
同年8月に三浦メディカルクリニックを開院し、以降も以下のクリニックを展開。
医療法人社団南州会 フロントクリニックグループ(1980年創業)
横浜フロントクリニック(2024年5月開院)
東京品川フロントクリニック(2026年1月開院)
自由が丘フロントクリニック(2026年10月開院予定)
新宿区分院(2027年12月開院予定)
三浦メディカルクリニック
【保有資格】
医学博士
日本内科学会認定内科医
日本呼吸器学会 呼吸器専門医
日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医