- 2026年7月2日
海外旅行と腸チフスワクチン——短期・長期渡航者が知っておきたいこと トラベルクリニックの医師が解説します。

海外旅行の準備というと、航空券やホテルの手配に目が行きがちですが、渡航先によっては「予防接種」も欠かせない準備の一つです。なかでも腸チフスワクチンは、アジアやアフリカなど衛生状態にばらつきのある地域へ渡航する人にとって重要な選択肢となります。この記事では、腸チフスの基礎知識から、ワクチンの対象者、接種回数、効果の持続期間、そして現地に到着した後の注意点までをまとめました。
腸チフスとはどんな病気か
腸チフスは、チフス菌というサルモネラ属の細菌によって引き起こされる感染症です。汚染された水や食べ物を口にすることで感染し、ごく少量の菌でも発病することがあるとされています。
潜伏期間はおよそ1〜3週間で、その後38〜39℃を超える高熱が1週間ほど続きます。頭痛や倦怠感、便秘、胸や腹部に現れる淡いピンク色の発疹などを伴うこともあり、「熱が高い割に脈が遅い」という特徴的な所見が見られる場合もあります。重症化すると腸出血や腸に穴が開く腸穿孔など、命に関わる合併症を起こすこともあるため注意が必要です。適切な抗菌薬治療を受ければ多くは回復しますが、近年は薬剤耐性菌も報告されており、治療が長引くケースもあります。
世界では年間2,200万人前後が腸チフスを発症し、そのうち約20万人が死亡していると推計されています。特に南アジア(インドなど)でのリスクが高いとされ、東南アジア、東アジア、アフリカ、カリブ海諸島、中南米なども流行地域として知られています。1週間に満たない短期旅行でも感染例が報告されており、「短い滞在だから大丈夫」とは言い切れない病気です。
ワクチンが必要とされる人
腸チフスワクチンは、すべての海外渡航者に一律で必要というわけではありませんが、以下のような人には接種が推奨されます。
- 南アジア、東南アジア、アフリカ、中南米、カリブ海諸島など流行地域へ渡航する人
- 滞在期間が長く、現地の水道水や屋台の食事を口にする機会が多い人(長期出張者、駐在員、青年海外協力隊員など)
- バックパッカーのように、衛生管理が行き届いていない環境を訪れる可能性が高い旅行者
- 短期旅行であっても、流行地域の農村部や衛生状態が不安定な地域を訪れる予定がある人
一方で、都市部の整った施設に短期間滞在するだけの旅行であれば、接種の必要性は相対的に下がります。最終的な判断は、渡航先・滞在期間・活動内容によって変わってくるため、トラベルクリニックなど専門の医療機関に相談し、渡航計画に応じて検討することが望ましいでしょう。
接種回数とスケジュール
現在、日本国内のトラベルクリニックで主に使用されているのは、注射タイプの不活化ワクチン(Vi多糖体ワクチンやVi結合体ワクチン)です。多くの製剤は基礎接種が1回で完了する点が特徴です。接種後2週間ほどで抗体ができ、効果が発現するとされています。
なお、経口の弱毒生ワクチン(Ty21a)というタイプも海外では存在しますが、日本国内のトラベルクリニックでは、注射タイプの不活化ワクチンが中心に使用されています。
海外渡航に向けたワクチン接種全般に言えることですが、種類によっては複数回の接種が必要なものもあり、間隔を空けなければならないスケジュールも存在します。そのため、出発の3か月以上前を目安に、トラベルクリニックなどの医療機関で接種スケジュールを相談することが勧められています。腸チフスワクチン自体は1回接種で完了しますが、他のワクチンと合わせて接種計画を立てる場合は、余裕を持ったスケジュールを組むと安心です。
効果の持続期間
腸チフスワクチンの効果は、生涯続くものではありません。不活化ワクチンの場合、1回の接種でおおむね3年程度、効果が持続するとされています。流行地域への渡航を繰り返す人や、長期にわたって現地に滞在し続ける人は、前回接種からの経過年数を確認したうえで、再接種を検討する必要があります。
なお、ワクチンを接種すれば感染を100%防げるわけではない点にも注意が必要です。報告によって幅がありますが、ワクチンの予防効果はおよそ50〜80%程度とされており、過去に腸チフスに感染したことがある人でも、数年経過すれば再び感染するリスクがあります。ワクチンはあくまで感染リスクを下げる手段であり、次に述べる現地での衛生対策と組み合わせて初めて、十分な予防効果が期待できます。
現地渡航後に気をつけたいこと
ワクチンを接種していても、現地での生活習慣によって感染リスクは変わってきます。渡航後は次のような点に注意しましょう。
飲食に関する注意
- 水道水をそのまま飲まず、密封されたボトル入りの水や、しっかり沸騰させた水を利用する
- 氷も水道水から作られている場合があるため、屋台やローカルな飲食店では氷入りの飲み物に注意する
- 生野菜やカットフルーツ、皮をむいていない果物は、洗浄・消毒の状態が不明な場合は避ける
- 火の通っていない魚介類や、常温で長時間放置された調理済み食品は口にしない
- 屋台などで食事をとる場合は、目の前でしっかり加熱調理されたものを選ぶ
衛生習慣
- 食事の前やトイレの後は、石鹸と清潔な水でこまめに手を洗う(石鹸や水が使えない場面ではアルコール系の手指消毒剤も活用する)
- 体調に異変(高熱が続く、強い倦怠感、腹部症状など)を感じたら早めに現地の医療機関を受診する
- 帰国後に発熱などの症状が出た場合は、渡航先を医師に伝えたうえで受診する
腸チフスは、感染が治った後も体内、特に胆嚢内に菌を保有し続ける「無症状病原体保有者(キャリア)」になることがある点も知っておくとよいでしょう。本人に症状がなくても周囲に感染を広げるリスクがあるため、心当たりのある症状が続く場合は医療機関での相談をお勧めします。
腸チフスの治療
ニューキノロン系(クラビット:一般名はレボフロキサシン)などが主に用いられますが、全ての症例で効果が期待できるわけではないため、症状に応じて治療薬を変更するか、培養検査によってどの薬剤が効果があるかを見極める必要が生じることがあります。現地にて医療へのアクセスが難しいような場合は、事前に当院にご相談いただければ、自費にて治療薬をお渡ししています。(現地での使用に関しては症状を見ながら、自己判断にて使用する形になります。)
まとめ
腸チフスは、衛生状態が十分に整っていない地域では短期旅行者にも感染しうる病気で、重症化すると命に関わることもあります。ワクチンは1回の接種で数年間にわたり一定の予防効果が期待できる手軽な対策ですが、効果は永続的ではなく、感染を完全に防げるものでもありません。渡航先や滞在期間、活動内容に応じてワクチン接種の必要性は変わってくるため、出発の数か月前を目安にトラベルクリニックなどで相談し、飲食や手洗いといった現地での衛生対策と合わせて備えることが、安心して旅行や海外生活を送るための鍵となります。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の医学的判断に代わるものではありません。ワクチン接種の要否や接種スケジュールについては、必ずトラベルクリニックなど専門の医療機関にご相談ください。

執筆者情報
大谷 真理子(おおたに まりこ)
医療法人社団南州会 東京品川フロントクリニック院長 / 医学博士
【保有資格】
医学博士
日本内科学会認定内科医
日本呼吸器学会 呼吸器専門医
日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医
井上 哲兵(いのうえ てっぺい)医師
医療法人社団南州会 フロントクリニックグループ 理事長 / 医学博士
2019年4月に医療法人社団南州会 理事長に就任。
同年8月に三浦メディカルクリニックを開院し、以降も以下のクリニックを展開。
医療法人社団南州会 フロントクリニックグループ(1980年創業)
横浜フロントクリニック(2024年5月開院)
東京品川フロントクリニック(2026年1月開院)
自由が丘フロントクリニック(2026年10月開院予定)
新宿区分院(2027年12月開院予定)
三浦メディカルクリニック
【保有資格】
医学博士
日本内科学会認定内科医
日本呼吸器学会 呼吸器専門医
日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医
参考資料
- 日本痛風・尿酸核酸学会『高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン第3版』
- 厚生労働省「e-ヘルスネット 痛風」
- 国立循環器病研究センター「高尿酸血症と循環器疾患」